昭和50年11月27日 久富継吉之御霊様十五年祭     (末永信太郎)   №50-134


 今日のお祭りを受けられた御霊様、久富先生のお父さんであり、同時に今度は(婿さん?)であり、いわゆる、子供と親の式年、25年と、そして15年という、大変なやはり大事なお年柄の、まあ、霊祭をこうして仕えられた。やっぱり、もう一月も前からでしょう、毎日、二柱の御霊様のお祭りを久富家として奉仕をさせてもらう事のために、遺族の者もさることながら、御霊様たちの本当にお喜びが受けられるような、あの、おかげを頂くことのためのお届けが、毎日あっておりました。
 親なればこそであり、子供なればこそという訳ですけれども。本当に、例えばあの、薄暗い部屋にパーッと大きな電気が灯りますと、心がパーッとしますでしょう。今日の御霊様はそんな感じですね。薄暗い部屋にパッとこう、百色光の電気が灯ったような、心がもうそれこそ一遍でカ-ッとするような気が致します。ね。停電の時なんか、これは真っ暗ですけども、その、電気がパーッと灯りますと、パッというような気がうするような、そういう感じのお祭りでした。御神眼に私が頂いたのは、あの、野菜に茗荷というのがありますね。あの茗荷ば二本、根と根をあれはミクロ目線と言うですか、小さいあの線があるでしょう。
 あれでね、ぐるぐるぐるぐる、根と根をこうやって巻いてあるところを頂いたんです。茗荷ということは、これは、まあ、御理解で言うと賀びの妙という。妙、ね、妙なる。賀正の賀。いわゆる、妙なる賀び。いわゆる、妙なる賀びというのは、その信心の賀びということに他ならんのですけれども。本当に御霊様の喜びと、まあ、皆さんの喜びとが一つに、今日は結ばれて喜び合うというような感じでしたけれども。
 とにかく、信心というのは、けっきょく、あの、有り難うならせて頂くけいこですから、有り難うならせて頂くことのための精進をする。その喜び、例えば御霊様にこうやって沢山のお供えをなさる。決して御霊様が酒を飲まれるとか、甘い牡丹餅を食べられるということじゃないけれども、本当に甘い物が好きであったから、また、辛い物が好きであったからと、遺族の者がその思いをかけるということは、その喜びをこういう形に現すだけなんです。
 ですから、その喜びと御霊がそれを受けられる喜び。御霊様には、もう、何も送ってあげられる物はない。ただ、私どもが送ってあげれるのは、信心の喜び以外にはない。もう、それは御霊のいわば糧になるものは、私どもの、遺族の者のいわゆる妙賀である、賀びの妙である。ね。それを、例えば、なら常日頃でも、お神酒が好きだったから、甘い物が好きじゃったから、今日はめずらしい物が出けたからと、その賀びを御霊へお供えする。その賀びが御霊へ通うのであって、もう、これ他に、あの、御霊様との交流の手立てというのはありません。今朝から、田主丸の小野病院の委員長である小野先生が、もう、椛目時代から二十何年間お参りをすることだけは、熱心に参って来る。
 また、おかげも本当に頂きますけれども、今日は来てから言うことが、どんなに僕は有り難くならせて頂こうと思うても、有り難くなれませんち。それで私が、ちょうどその小野先生の前に、熊谷さんがお届けをしておられた話をしました。夕べ、夜の御祈念に、もう、七十いくつのお婆さんが吉井から朝晩参って見える。そして、夕べの御祈念を頂かれて、ちょうど栄四郎が当番で御祈念を仕えて、そして、皆さんにお話を聞いて頂いた。そのお話の中に、昨日一昨日、神心ということ。ね、信心というのは、もう、神心を目指すことなのだ、と。例えば、世の中には、非常にこの正義感の強い人がある。いや、これは正義感の強いと、正義感が強くなくてもです、だいたい、これが本当だ、これが正義だということは皆が知っておる。
 だから、それから漏れると、その人の足元ばっかり見よる人はあの、間違ったことをしとる、ああ、あげなことしてからと、こう責める心が生まれて来る。
 特に正義感の強い人は、強い人ほどです、いわば(国を売れる?)というかね、世の中が(朝?)のように乱れておる。そこで、その正義感の強い人が、その、その元を絶とうといったような、まあ、(憂国主?)といったようなのが生まれる訳ですけれども、この正義感ほどつまらないものはないて。
 正義感が強ければ強いほど、人のしておることが、もう、間違いに見えて、その、嫌なことに見えて不愉快なことに見えて仕方がない、自分が正しい生き方をしておる。だから、信心とは、けっきょく、そういう正義感ではなくて、あの、有り難くならせて頂くけいこなんだ。言うならば、神心になるけいこなんだ。
 神心になると、例えばどういうものを見ても、ほらあ、信心しよってあげなことしよって、というなもんじゃなくて、であればあるほど、それを豊かな思い豊かな祈りを持って、それを守って行けれるようなおかげを頂くのだから、とにかく、信心とは先ず正義感を捨てて、そして有り難くならせて頂くという神心を目指して行くのだという御理解を頂いて、僕は思うたと昨日、栄四郎が話したそうです。
 その話しておることの中に、今日は一日、神心にならせて頂くことの精進を一生懸命させて頂いたけれども、一日締めくくって、御神前に出て御祈念をして、お礼を申させて頂く段になると、もう、精進はしたけれども、本当にあれで良かっただろうかと思うことばっかりだし、また、本当に有り難くもなれなかったし。それでも、やはり今日は一日取り組んだことを一生懸命にお礼とお詫びをさせて頂いて。
 けれども皆さん、十回ぐらい、金光様相済ませんでしたと言うてお詫びをしよると、そこから有り難いものが頂けますよというお話を昨夜したそうです。ね。取り組むとうことです。
 だから、その話を、私が今日はあの、その小野先生にさせてもらった。アンタはもう何十年ち参って来よるばってん、第一、御理解を聞こうとしない。そして、わが我情我欲のことばっかり願うて、ただ帰るだけ。精進せずして、どうしてアンタが有り難くなれるもんかと言うて、その、熊谷さんから私が、その前にお届けを聞かせて頂いた栄四郎の話をさせて頂いた。
 もう、親先生、昨日はもう本当に昨夜そんなおかげを頂いて、有り難いと帰らせて頂きましたら、ちょうどバスのもう私がそこへ来とるところで吉井行きが出てしまった。ね。そしたら、もう、すぐその後に、あの、自動車が前に止まってから、あの、おばしゃま、あの、車に乗りなさらんかて言うから、貴方はどなたじゃろうかと言うたら、私はあの、良ちゃんを担任しとる先生ですち仰った。
 というのは、原さん方の孫を担任しておられる学校の先生じゃったげな。それが、あの、吉井のほんな熊谷さんところの近所から行きよんなさるそうです。
 けん、いつも貴女あの、ここに参るようなことがある。いつも、私はこっちさえ、貴女はこっちでだから出来んけれども、今夜はまた、私がちょうど遅うなったら貴女がここで待っとんなさるけん、なら、どうぞおばしゃま乗って下さいと言うて、まあ、おかげを頂いた、と。本当に栄四郎先生のお話を頂いて、ほんなこと有り難うならせて頂くけいこ、それに取り組ませて頂くこと。
 まあ、取り組ませて頂くけれども、生身を持っておる人間のことだから、なかなか出けんのだけれども、一生懸命、出けなかったことを、十遍繰り返し繰り返しお詫びをさせて頂くと、そこから何とは知れん喜びが湧いて来たという話を聞いて、熊谷さんがおかげを頂いた。
 しかも、そういうような自分方の家の前まで送ってもらえるというようなおかげにも繋がり、喜びというものは、そういうものなん。私、今日は神様へお礼を申させて立ち上がる時に、どうも琴の調子が狂ってるような感じ、立ち上がれんの、あれは不思議なもんです。
 もう、あのリズムに乗って、こう行動するわけですから。ね。だから私が、ちょっと調子を変えなさい。初めて、私はあんなこと申しましたけども、祭典中にだから、調子を変えて、さあ、いよいよ(かいひ)になった時のもう、その音色というか、声色。とにかく、どんなに良い声であっても、弾きよる琴が狂うとったら良い声は出らんのです、不思議です。ね。
 その、いわばリズムとその声とが本当に有り難い(かいひ)が出けた、神饌の時にも有り難い神饌のリズムに乗って、神饌が出来られたようにね、私どもが信心をさせて頂くということはね、この家庭の中に調子が狂っておるほど、嫌な雑音が聞こえて来ることはないです。ね。ですから、どうでも信心をさせて頂いて皆さんがね、おかげを頂かせてもろうて、有り難うならせて頂くけいこをさせてもろうて、んなら、どこにその調子の焦点を持って行くかと言うと、久富家では何と言うてもお父さんの信心だろうと思う。
 いわば、親糸です、親糸の調子がピチッと揃うと、それに皆が十本おるなら十本、十人おんなら十人の者が、んなら、お父さんの信心の調子に合わせて行くというところから、それこそ妙なる音色というものが出て来る。その音色に乗って生活をする生活を、信心生活と言う。そういう生活に神様がお喜び下さるから、今、熊谷さんのそれじゃないけれども、さあ、バスはほんな一足違いで乗り遅れたけれども、バスよりも、もっと有り難い、なら、おくり合わせというものがそこに現れておるような素晴らしいタイミングが生まれて来るのです。ね。
 今日の例えば御霊様が、本当に一月も前からこのことを祈りに祈り、願いに願うて、今日のお祭りが、まあ、出けた。言うならば、お父さんの信心の喜び、お母さんの信心の喜び。なら、皆さんの信心の喜びと御霊様の信心の喜びが、茗荷と茗荷がこうやって、こう、括り合わせられたようなもの。これが、括り合わせられなくても、これがいつも抱き合うておるような、拝み合うておるような。
 このミクロ目線じゃない、この線を取ってしもうても、いつも、こう抱き茗荷という、申しますね。(もん?)にありましょう、茗荷がこうしておるのは、抱き茗荷と言う。その抱き茗荷的な私は信心が、日頃が出けてない。ね。神様と私どもが通うてない。私どもと御霊様がそんなに通うてない。喜びが別々になっとる。言うなら、リズムに乗っていない、調子が狂うとる。
 そんな、私は感じをですね、今日のお祭りを仕えさせて頂きながら感じた。どうでも一つ、あの、今も申しますように、なら、まあだ、まだ十九でしょうかね、栄四郎が、まあ、二十歳そこそこの青年がです、本気で、ああ、今日の御理解は、ね、神心ということにあったか、その神心に一生懸命、なら、精進したということなんです。家業の行の中に、やはり生活の中に、それを目当てにしてけいこさせて頂いたけれども、出けなかったということ。けれども、その、素直に詫びるというところに、十遍、はあ、金光様相済ませんでしたと言うてお詫びさせて頂きよったら、有り難いものが生まれる。
 これは、神様が与えて下さる喜びなんです。ね。だから、決して難しいことじゃない。本当に日常生活の中に教えを元にして、それに取り組むということ。ね。そこから、私は段々、その喜びが本当なものになって、喜びの徳ともなって、その喜びの徳こそが、いわば神心でもあろう。その神心をあの世にも持って行け、この世にも残しておけるというようなおかげをですね、頂いて頂きたい。
 決して、御霊様が酒を飲みなさる訳じゃない、甘い物食べなさる訳じゃないけれども、ただただ、それを、ね、甘な辛なでもこう、取り集める、お供えさせてもる、その心が喜びなんです。これは、キザに見かけだけというのじゃない。信心させて頂く者は、皆そこに焦点が置いてある。ね。その喜びを受けて下さる。その喜びが御霊様と交流するだけであり、御霊様の言うならば、これから喜びの御霊、安心の御霊、いよいよ喜びの御霊としてのおかげを頂かれる一つの糧になるものは、私ども残された遺族の者の喜び以外にはない。その喜びを御霊様に、神様に、または、家族の者同士の言うなら、喜びと喜びとの出会い。
 いつも家庭生活の中に、拝み合うて行けれる生活。主人が家内を拝み、家内が主人を拝み、親が子を、子を親が拝み合うて行くという生き方をですね、本気で身に付けなければいけません。小野先生じゃないけれども、何十年信心しておっても、それにお話も頂こうとしない、ただ、自分の願いの丈を神様にお願いをするというだけは、決してそれはおかげを頂いても、妙賀ということにはならない。
 自分の思うようになったら、はあ、嬉しかったというようなもので、子供がおやつを貰った時、喜ぶとと同じことで、それはすぐ消える。心の底から喜べるもの、それは妙、信心の賀び。それは、本気で教えに取り組み、教えを日常生活の上に一つのリズムが出て来る。そのリズムに乗った生活をさせて頂くということが、取りも直さず信心生活なんです。
 ですから皆さん、どうでも久富一家の者が、例えば十人おんなら十人の糸が、調子が合うて、しかも奏でられるその曲に乗って、リズムに乗って生活をさせて頂くというような信心を、ね、こういう賀びが寄り合うた。賀びがこう、結び合わされた。そういう、こう例えば良いお日柄を境にです、本当、これは私たちにまちっと本気での信心をさせてもらわにゃ、拝みよります、参りよりますじゃいかん。
 やはり、それに取り組んで、出来る出けんは別として、取り組んだ生き方。そっから、お礼も言えりゃ、お詫びも出来る。そのお詫びを、お礼を十回も繰り返して言いよったら、何とはなしに腹の底から賀びが湧いて来たと、昨日栄四郎が言っておるような。
 その喜びの話を聞いて、熊谷さんが感動しなさった。もう、感動した熊谷さんが、次に素晴らしいタイミングの中に、リズムに乗ったおかげを今朝お届けの中に聞かせてもらって、それを感ずるのです。ね。素晴らしいリズムに乗っての生活を目指さなければいけませんですね。どうぞ。